「明日からそこに座れ」

私が初めて井深さんに会ったのは、昭和42年(1967)二月、ソニーに移ってまだ4ヶ月目の29歳のときだった。私は、三菱長崎造船所からソニーに移り、中間入社者の受け入れ研修担当を命じられて、毎日運動靴を履いて飛び回っていたが、ある日突然盛田副社長のところから電話が入り、六階の副社長室に飛んでいった。

行ってみると、部屋には、盛田さんのほか、私の上司のU課長がいたが、盛田さんが「明日から、ここの廊下に座れ」という。

「どんな仕事ですか?」
「井深さんや私に、毎日のように講演依頼や原稿、インタビュー依頼が舞い込むから、それを全部断れ」
「え、断るんですか。受けるほうなら喜んでやるんですが、、」
ということで、突然の秘書業務が始まった。

秘書といっても、本来の秘書は全部女性で26人ぐらい才媛が揃っている。私はマスコミ担当職能秘書である。ソニーでは、女性はトップの出張には付いて行かないから、自然、外回りはすべて私の仕事になる。こうして、人一倍気が利かなくて、およそ秘書向きでない私の「秘書生活」が始まった。

理科がすき

昭和43年は、ソニーにとって、とても良い年だった。まず三月に中央研究所の山田敏之君(僕と同年生、東大)が、とある半導体の発明をソニービルの八階ホールでプレスリリースした。生来理科好きの私は、その山田君に根掘り葉掘り動作原理を質問して、(変な文系・・)と彼をあきれさせた。

続いて四月には、ソニーが華やかに「トリニトロン・カラーテレビ」の発表をする。「人の真似はしない。人のやらないことをやる」が信条のソニーは、カラーテレビにおいても、他社のようにアメリカのRCAからシャドーマスク方式の特許を買って、在来方式のカラーTVを作るというのはやりたくない。そこで数年間クロマトロン方式にチャレンジしたのだがうまく行かず、苦労を重ねていた。「苦労マトロン」と言われた。

その苦労の中から、第一開発部の宮岡千里さん(学習院大・物理)がひらめいたのが、1ガン3ビーム方式の世界的発明(井深さんがキリスト教の三位一体から「トリニトロン」と命名)だった。

これでソニーは救われた。
「アイデアは1、量産は10、普及には100の努力が必要」(井深大)
このとき、井深さんは、社長自らこれのプロジェクト・リーダーを買って出た。

四月、同じソニービルで行われた大プレスリリースで、井深さんは、「半年後に138,000円で発売する」と宣言して、社内の関係者の顔を一瞬蒼白にした。

動作原理図

当時、秘書二年目の私は、井深さんが『マンハッタン計画』というアメリカの原爆開発プロジェクトの本を熱心に読んでおられたのを思い出す。

さて、理科好きの私は、このトリニトロンのマスコミ発表の主査をやった。普通の人は、トリニトロンの動作原理などには興味を持たない。逆に私は、そういうことが飯より好きである。自然、私が広報室のなかで、その辺の発表担当者になっていった。

私は、発表直前、ホテルに宮岡さんを缶詰にして、徹底的に「そもそもテレビはなぜ映るか」から始まって、なぜトリニトロンが良いのかを質問攻めにして行った。

このときに「電子レンズ」を援用して「電子プリズム」という言葉も作ったし、最近デジカメのカタログでよく見るような、ああいう動作原理図を描いた。

私は複雑な動作原理や現象を徹底的に究明して、それを簡単に分かりやすく表現するのが得意だ。このときの画は、以後長く、販売部門でカタログなどにそっくりそのまま使われていた。

そしてMGへ

あれから数年。秘書のあと、プライベートに中小企業診断士の受験をし、それが契機になって、昭和45年から五年間経理学校に自費で通った。

また昭和46年から五年間、「意思決定」を勉強するため、直接部門である音響事業部に移った。主に計数面から、会社の経営というものを観察し、学んだ。計数だけでなく、会社とは何をしているのか、誰が、どんな基準で会社を動かしているのかをこの目で勉強した。

昭和50年11月、私は希望して、ソニーの子会社に出向した。MGの仕上げに携わり、特に情報面(会計情報・計数管理)の構築に心血を注いで、いまのようなMGを形作った。

MGは、時に間違われるような、「経理」を勉強する研修ではない。それは、井深さんの思想、小林茂のY理論、ドラッカーの経営思想で作られている。同時に、戦略会計・マトリックス会計の科学的・数学的原理で作られている。それと、私の15年間の会社生活、特に最後の五年間の事業部体験がゲームの形に整理され、結晶しているのである。

以前、中小企業診断士を受験したとき、財務管理・購買管理・生産管理・人事管理など、○○管理というものをいくつも勉強したが、MGを作ってみると、そんな○○管理なんてものはなく、すべてが渾然一体に融合していた。

MGは、○○屋という「 I 型人間」を廃し、ジェネラリスト的トータルマン、すなわち「V型人間」を作ろうとする。それが各個人の主体性の確立・涵養につながり、「企業の業績アップと個人の幸福の同時実現」を可能にするのだ。

MGをやっている人がみな良い顔をしていて、幸福そうな表情をしているのは、上記のような理由によるのだと思う。

(KK西研究所・所長 西 順一郎)