第一の革命

西研新聞の2003.1005号に、慶應義塾大学の友岡賛教授の『歴史にふれる会計学』(有翡閣アルマ、1700円)を、2ページほど転載した。
それによると、15世紀のイタリアに、ルカ・パチオリで有名な左右対照型(Tフォーム)の複式簿記(ダブル・エントリー)が登場した。
これは確かに革命的な発想の一つだろう。この複式簿記でないものは、いわゆる大福帳型のただ単に出入りのみを書くだけの覚え書き方式に過ぎない。
これをたとえば現金の出入りについて書くと同時に、それは売り上げなのか仕入れなのか、固定費なのかを反対側に書くことによって、そのキャッシュの性格・性質がかなり的確に説明できる。

カーネギーメロン大学の井尻雄士教授は、『三式簿記の研究』(中央経済社、1984年)で、なにもダブル・エントリーに限らず、トリプルもそれ以上もありうる、という研究を発表しているが、ダブルエントリーは最低限必要な説明と言えるだろう。

第二の革命

二番目は、17世紀オランダで確立された「期間計算の公準」だという。これは確かに大きい。
私が、会計学で一番好きなのも、この期間計算のところだ。この例は、MG付属のマトリックス会計表でいうと、研究開発の24列、28列の配分に一番典型的に表われる。24列に入れれば、当期のFアップ(固定費の増大)で当期Gダウン(減益)につながる。逆に、28列に記入すると、当期のFダウンで、当期Gアップになる。間違うと、成績が変わってしまう。

ある数字を当期分にするのか前期・次期分にするのかを峻別することは、実際の経理決算でも、なかなかスリリングなところだ。現実には、たとえば売上の計上と、その反対側の諸経費の計上のところで、当期PQ、当期VQ、当期Fにするのか、それとも次期のPQ・VQ・FにするのかでGが大きく変わってくる。
極力、いわゆる「明朗会計」で通したいものだ。

第三の革命

第三番目は、19世紀の巨大設備企業の登場による固定資産会計と、とりわけ減価償却費の出現だ。これは、現金会計と発生主義の会計、および収益費用対応の原則から来るもので、1000万の投資をしたら、その投資が、以降のPQにどのように反映・対応するかによって、初期投資を各期に延べ払い的に分散計上するものだ。一種の引当金にも似ている。
これもなかなか巧妙な発想ではあるが、なにしろキャッシュフロー(現金会計)から大きく外れてくるので、どうも好きになれない。

第四の革命はあるか?

さて、慶応の友岡教授は上記のように列挙したが、第四の革命はないものか?
昭和11年(1936)、アメリカのJ.N.ハリスは、「先月の儲けは、本当はいくらだったのか?」で、ダイレクトコスト(直接原価)の提案をしたが、これは非常に大きな提案であった。(西研新聞2001.0930号所載、岡本清『原価計算(三訂版)』国元書房、1980年、5000円)

商業では、仕入れにF(固定費)を配布することは原則としてないが、工業では逆に「材料費・労務費・経費」と言って、仕入れた材料費に、社内の人件費・経費を加えて「原価」とするのが常識となっている。「全部原価」と呼ばれる。

全部原価というものがいつから発生したものか、ぜひ知りたいと思っているが、結構長いようだ。ただいつごろから確立していくのかというと、やはり昭和13年~14年ごろ、太平洋戦争を前にして、日本の陸軍・海軍が軍需品の買い付けに一定の基準を確立すべく、主計将校をヨーロッパに派遣して、英独仏軍などのやり方を輸入したのが始まりらしい。
日本陸海軍は、ヨーロッパ渡来のノウハウをそのまま買い付け値段の算定法にして、軍需産業に課した。企業側では、それに従う限り、多少高くても買ってもらえた。

さて、昭和20年、太平洋戦争が終わり、戦後、企業会計審議会あたりが新しい「企業会計原則」「原価計算基準」等を制定するに当たり、当時確立していたものは戦時中の軍による全部原価計算手法だけだったから、これがごく自然に戦後日本の商法・証券取引法・税法に取り込まれ、法律として、強制力を持つようになった。
ところが、全部原価は、プライシングにはともかく、それ以外においては、数学的に言って「線形性」(linearity)がないため、早く言うと使えない。全部原価をベースにした将来予測は、数学的に言って無理である。損益分岐点を出すことは出来ない。

私がソニー時代に管理会計制度・意思決定制度の一つとして、戦略会計「STRAC2」を作ったのは、昭和45~50年(1970~75)にかけてであったが、実はイスラエルでもTOCの開祖 E. Goldrattが1980前後に似たようなことを考えてそれを「スループット会計」と名づけたのは面白い。

以下、長くなるから割愛するが、直接原価DCにLP(線形計画法)を加えた「STRAC2」や「スループット会計」が出て来て、これが在来型の全部原価制度と不倶戴天の敵として対立抗争しているというのは、どのくらい時間がかかるかは言えないが、いずれは直接原価の時代が来る予兆だと思われる。
幸か不幸か、世の中は、かつての高度成長期のような楽な経営が出来た時代は去った。厳しい時代には、科学的・実効のある手法しか残っていかないだろう。

したがって、人類の会計の歴史で、21世紀に来るものは、直接原価制度とマトリックス会計しかないのではなかろうか?

(KK西研究所・所長 西 順一郎)